ホーム > ゆる体操関連論文紹介 > 高齢化率日本一地域におけるゆる体操の効果

高齢化率日本一地域におけるゆる体操の効果

高齢化率日本一地域におけるゆる体操の効果

出典:「公衆衛生」医学書院刊 2004年7月15日発行 第68巻第7号 より

高齢化率日本一地域の危機感

三重県の南端に位置する、熊野市を中心とした御浜町、紀宝町、紀和町、鵜殿村の1市3町1村により構成される紀南地区は、高齢化率日本一、その値は30パーセントに達し、20年後の我が国の高齢化率を先取りした、高齢化社会のモデル地域とも言われる。この紀南地区では、三重県と5市町村の合弁事業として、平成9年より第一次、同14年より第二次の計10ヵ年の健康長寿推進事業が動いているが、第一次では平成13年の終了時点で、高齢者には数本の趣味もしくは生きがいサークル的活動が残ったものの、全住民を巻き込んだ地域横断的、相互連携的な、住民主体の永続性ある健康長寿推進活動の実現は、第二次の実施に期待されることとなった。

第二次計画では、第一次で達成することのできなかった目標達成を是が非でも実現したいという機運が、責任主体である紀南健康長寿推進協議(会長:川上敢二熊野市長)のメンバーの中に高まっていたようだ。高齢化は、その結果として疾病罹患率の増大と医療経済の疲弊をもたらすことばかりが問題なのではなく、そもそも若者と子どもたちの明るく元気な声の消えた、年寄りばかりの「静かなる不幸」を招くことこそがその問題の本質と言われるが、こうした現実に極めて立脚した痛切なる思いが、担当サイドにあったということであろう。第二次計画のプランナーとして外部から招聘された公衆衛生医、落合正浩氏、杉谷俊明同協議会事務局長、山下成人熊野保健所長は、この地域の深刻な状況を筆者に訴えてこられた。根幹から人を心身ともに健康にし、根幹から地域を元気にすることのできる画期的方策こそが必要なのだと語られていた。

体操法にもコスト計算が必要

マシーンを使ったトレーニングは特別な機械が要る。機械を置く場所が要る。相当に金が掛かる。しかも一時にやれる人数は限られる。水中運動にはプールが要る。莫大なお金が掛かる。こうした方法には確かにある範囲の健康効果が認められる。だがそのコストは極めて高い。コストに対するそのリターン比率、すなわちコストパフォーマンスで考えたら、その値は極めて低いものにとどまるだろう。もしこのようなコストパフォーマンスの低い方法で全住民参加のトレーニング活動を遂行し、全住民の健康度改善に成功しようとしたら、施設と機械に掛ける直接経費だけでも膨大な数値に上ることは明らかである。これに施設と機械のランニングコスト、安全管理コスト、指導コストが加わり、さらに全住民がトレーニング施設と自宅の間を往復する移動コストまでもが加わる。移動コストには運行車両代、運転手および安全管理・乗降介助スタッフ経費だけでなく、住民自身の移動行動に要する時間と精力・努力・気力・根気・体力が含まれる。トレーニングに特別のウェアや小道具が必要であるなら、それもコストに含まれる。

人口4万6千人の紀南地区をモデルとして、高水準の機能を持ったトレーニングマシーンとプールを全住民が週1回ずつ計2回、平均2時間使用した場合のコストを試算してみると、施設建設と機械・車両購入コストのみで1,000億円、同ランニングコストが年間30億円、維持・安全管理、指導、移動等人件費が年間30億円、住民自身の移動コストが年間25億円となる。年返済額を70億と見積もっても、締めて年間155億円のコストとなる。この値は住民1人当たり34万円となり、総医療費に匹敵する規模の負担であることがわかる。これには年間数100万往復に上る移動によって引き起こされるであろう、交通渋滞・道路損耗・交通事故等に伴うコスト増は含まれていない。正確な数字は試算方法によって少なからず違いが生じようが、ここで理解したいのは、特別な施設や機械、そして移動コストが発生する方法は、全住民参加の方法としては使えないという一点である。

「ゆる体操」はコスト計算から生まれた世界初の体操

落合正浩医師から相談を受けた際、熟慮したのは、参加対象は全住民なのか、1部の限られた住民なのかという点であった。なぜなら対象が1部住民であるならコスト計算は要らず、それなりに健康効果のある方法をチョイスし、適切に処方すれば、それなりの結果を出すことは確実だったからであり、それに対し対象が全住民となったら、そこには徹底したコスト理論に基づく徹底したコストの極小化と、徹底したパフォーマンス理論に基づく徹底したコストパフォーマンスの極大化が、必要不可欠だからである。

「ゆる体操」は、コストパフォーマンス理論を身体運動研究に応用した筆者の身体経営学が提案する、まったく新しい体操法である。いつでも、どこでも、誰でも、楽しく、気持ち良く、快適に、何の努力感もなく、気力も、体力も、根気も要らず、それにもかかわらず心身の多様な領域に、確実で、多面的で、奥深い効果を発揮してくれることを企図している。金のかかる特別な施設や機械・道具は一切必要としない。あまりに気軽にできて気持ちが良いので、あくびをしたり、痒いところに手が行ってしまうようについついやってしまう。テレビを見ながらでも、仕事をしながらでも、疲れて横になりながらでも、できてしまう。つまみ食い的にやるにも適しているし、時間とノルマでやるのにも適している。また1人でやるのもOKなら、みんなで集まってやるのもOK。子ども、若い女性、主婦、高齢者、要介護老人、妊産婦、病人、障害者、スポーツ選手、芸術家、サラリーマン、医師、保健師、助産師、教師、重労働者等々、様々な条件の人々に役立ててもらえるものになっている。そして体操に付きものの危険は、限りなくゼロに近い。

「ゆる体操」の導入と実施

ゆる体操の第二次計画導入が決定されたのは、平成14年11月の三重県紀南地区5首長参加のトップセミナーにおいてである。ゆる体操を実際に体験した5首長と県幹部は、この体操を全住民4万6千人に広めたいということで、衆議一決したのである。

翌15年2月の熊野市民ホールでの発進フォーラムで、住民800人が初めてゆる体操に出会った。回収アンケート53名中49名が「やりたい」と回答、住民の高い関心と期待を集めてのスタートとなった。

福祉センター、病院、養護老人ホーム、学校、消防署、民間企業等々、筆者あるいは運動科学総合研究所のゆる体操指導スタッフが、その後、毎月1度、2日間程度の頻度で地域に広がる現場を訪問し、指導を重ねてきた。

その過程で、同年5月から9月までの4ヶ月間、肥満者を対象とするゆる体操を根幹とした方法(ゆる体操を柱とし、簡単な食事指導と休養のすすめが加えられた)が、肥満の改善、身体健康度、精神健康度を指標として、統計学的に有意な効果ありと認められるかどうかについての調査実験が行われた。住民からBMI値25以上の肥満者に自主的に集まってもらったところ60人の参加者があり、それを無作為に30名ずつA、Bの2群に分け、ゆる体操実施群と非実施群とで2ヶ月(実施/非実施の立場を逆転させての期間は後半の2ヶ月に取った)の追跡調査を行い、結果を統計学的に比較検証した。実験計画は岐阜大学の倫理委員会の審査を受け、統計学的検証は同大医学部長・清水弘之先生にお願いした(結果は後述)。

また住民の側からの関心と意欲の高まりを受け、公認ゆる体操5級指導士資格取得を目標とした、住民による受験対策自主練習会が同年8月にスタート。熊野市出身の三重県職員でゆる体操3級指導士資格を持つ山口貴之氏を囲んでの精力的な勉強活動が進められ、同年11月の試験には17名が受験した(結果は後述)。

ゆる体操の効果

今回の実験の特徴は、
(1)いわゆるRTC(無作為化対照比較試験)、すなわち時期の影響を排除するための比較対照群を置いた学術的にきわめて厳密な方法が採られたこと、および
(2)ゆる体操の実施にノルマ、管理、動員等の行政側からの強制が一切排除されたこと、すなわち住民個々人の自由意思によりゆる体操が実施されたことの2点である。

住民を被験者とした運動効果実験でRTCが採られることは稀であり、また運動トレーニングの実施にノルマ等々の強制を一切かけないことはほとんど前例がない。有意な効果を出したければどうしてもノルマや動員をかけてのトレーニングをさせたくなるからである。しかしそれでは実験のための、つまりデータを取るためだけの実験になってしまい、住民の現実の生活の中で、その体操法が住民だけの自由意思によって受け入れられていくかどうかが全く無視されてしまう。行政および筆者等の研究サイドも、あくまでも住民の自由意思による健康長寿の実現を祈念したがための、思い切った判断だったことをご理解いただけたら、幸いである。
結果は図に示す通りである。
BMI値は実施群のみ顕著に低下し、自由意思で行うゆる体操を根幹とする方法の実施が統計学的に有意にBMI値を低下させる、すなわち肥満改善に効果があることがわかった(図1)。
図2はGHQ12という心理学的測定の結果である。GHQ12とは国際的に確立した測定法であり、精神的な健康状態を測定できると言われている。グラフは下降するほど健康度が大、上昇するほど不健康度が大である。この結果では、非実施群が精神的に不健康に陥っていっているのに対し(おそらく5月から7月という暑さに向かう時期の影響であろう)、ゆる体操実施群がきわめて顕著に、統計学的有意に精神健康度を増大させていることがわかる。

図3は主観的な健康感を調査紙法により測定することで、全体としての身体健康度を推測する測定の結果である。質問は「健康と感じるか?」「肩こりは?」「ひざの痛みは?」「食欲は?」「胃の痛みは?」「便通は?」等10項目にわたる。ほとんど変化がないか少し下がり気味の非実施群に対し、ゆる体操実施群では統計学的有意に値が上昇していることがわかる。

以上の結果から、住民の自由意思によるゆる体操を根幹とする方法の実施が、肥満、精神健康度、身体健康度を改善する効果を持つことがわかった。

住民から17名のゆる体操指導士が誕生

平成15年11月、公認ゆる体操5級指導士資格検定の審査のため、5ヶ月振りに熊野の地に到着した筆者は、思わず唸りたくなるほど、同時に心の底すなわち身体中から喜びがこみ上がるほど、驚かされることとなった。受験者17名の田舎のおじさん、おばさん、おじいさん、おばあさんがあまりに上手なのである。否、上手を越えて、明るく、楽しく、いきいきとして、若々しく、美しいのである。ゆる体操を考案し、指導する筆者の常に語るゆる体操の効果は、健康、高能力、そして若さ・美しさの三次元にわたる。それをものの見事に、驚くほどに体現、実現しておられる皆さんの姿に、感動させられたのであった。

結果は17名の受験者全員が合格。東京、大阪で行われる5級試験の平均合格率が30% 台であることを考えれば、本当に驚異的と言ってもよい結果だったのである。

住民指導士の開く教室は4ヵ月で121教室会場、参加者は3,236人に

今年1月には、昨秋合格の指導士たちが教室を自主開設する動きが始まった。指導士たちは各々地域の公民館、老人クラブ、介護施設等々で、続々と指導活動を広げ、相互に連絡し合い、相談し合い、指導人員を回し合い、まさに住民全体の、相互連携的、地域横断的な健康長寿活動を動かし始めたと言えるだろう。そしてこの4月末には、健康長寿推進協議会から「今年の1月からの4ヵ月間で、住民指導士は121会場でゆる体操の指導を行い、参加者総数は3,236人に達した」との報告を受けた。次に来るエポックはこの秋に予定される、ゆる体操指導士4級試験と、新たな住民受験者による5級試験ということになろう。

平成16年4月30日、フジTVの人気報道番組「とくダネ!(朝8時から放映)」で、ゆる体操の広がりを社会現象として分析する特集が組まれ、オンエアされた。三重県紀南地区の映像は、その中心に位置づけられたことを付記する。

ページTOPへ↑

前のページに戻る→